「じゃ麗華ちゃん、この日のシフトよろしくね。」
店長のこんな一言で決まってしまったあたしの花火大会のアルバイト。
断る隙なんて少しもなかった。
…まぁ誰かといく予定があるかって言ったら全然ないんだけど。
そんなわけで、あたしはコンビニのレジの前に立っている。
今日は花火大会だ。
店内はいつもでは想像が出来ないぐらいの人でごった返している。
お菓子、おつまみ、飲み物、、そしてお酒。
飛ぶように商品が売れていく。
毎日がこんな状態だったら店長も嬉しいだろうな…。
そんなことを考えながら、お客さんを次々とさばいていく。
お客さんの層を見ているとやっぱりカップルが多い。
大学生と思われる浴衣姿の男女、会社帰りと思われるスーツ姿の男女、、
やっぱり少し羨ましい。
そんなことを考えつつも黙々とレジ打ちを続ける。
「バーーーーーーーン」
10分ぐらい前から急に客足が途絶えたかと思ったら、店内にいても響き渡る花火の音。
始まったようだ。
さっきまでの混雑が嘘みたいに閑散とした店内。
「麗華ちゃーん、俺少し裏で休憩してるよ。また忙しくなったら声かけてねー。」
店長がそういって休憩スペースに入る。
「はーい」
返事をするものの、花火が始まったばかりだし、しばらくお客さんが来ることはないんだろうなと思う麗華。
気がつくと頭の中では
…ああ、彼氏がいればなぁ。
…あたしも花火大会行きたいなぁ。
…浴衣デートしたいなぁ。
そんなことを考えていると。
自動ドアが開く音が聞こえ、少し焦った顔をした大学生ぐらいの女の子のグループが店内に入ってきた。
店内に入るなりきょろきょろしている。
まだ花火は終わってないだろうに、どうしたんだろ。
女の子たちは5人。ひとりがレジの方に近づいてくる。
「あの…すみません。お手洗いをお借りしてもいいですか?」
「あ、どうぞ!突き当たりのドアの右手にあります。」
反射的にそう答える。
麗華に声をかけてきた女の子はぺこりと小さく会釈すると、グループの子たちを引き連れて、
店内のトイレに並ぶ。
麗華に話しかけてきた子が個室に入る。
そのすぐ後にならぶ4人の子。
ガラガラの店内にさっきまでとは打って変わった少し緊張感のある雰囲気が漂う。
それは間違いなく、行列の緊迫感だった。
「あー、結構我慢してそうだなぁ。」
コンビニのトイレというのは基本的に個室に入っている人以外は丸見えだ。
女の子の中には、女子トイレに入るまでは仕草を抑えたい、という人も多いと思うが
コンビニだと女子トイレの中=個室となるため、ギリギリまではっきりした我慢ができないのが辛いところ。
そんなことを考えながら、麗華もついチラチラと見てしまう。
特に、小さく足踏みをしてしまっている子やもじもじと落ち着きがない子が目につく。
「お酒飲みすぎたのかな。」
花火大会だ。そりゃテンションが上がってしまってお酒を飲んでしまうこともあるだろう。
にしても。
まだ花火大会が始まってから半分ぐらいだ。
この時間から会場を離れてコンビニに来ちゃうってことは相当切羽詰まってたんだろうな。
残る4人の中なら2番目に並んでる子が一番やばそうだ。
膀胱のあたりをさすりながら、足をすり合わせているのがわかる。
後ろの子が声をかけているのがぼそぼそと聞こえる。
頑張れ、とかもうちょっと、とか言ってるような気がする。
これはあくまであたしの持論だけど、おしっこを我慢している時に
もうちょっとっていう言葉を聞くとほんとに我慢が利かなくなる。
だからあんまり聞きたくない言葉だけど、それはあたしだけなのかな。
そんなことを考えていたら、水を流す音が聞こえて、先頭の子が出てきた。
慌てたように入る2番目の子。
安心したような表情で並んでる子たちを励ましている1番目の子。
「ふー。」
麗華の口からため息がこぼれる。
2番目の子が無事に間に合ったから、というのはもちろんある。
ただもっと大きい原因があった。
「あ、、おしっこ」
麗華自身も催してきたのだ。
バイトに入る前に飲んだミルクティー。
真夏のクーラーガンガンのコンビニ。
そして特に冷えるクーラーが直接当たるレジ前。
麗華がトイレに行きたくなる条件は揃っていた。
「この子たちがトイレ終わったらあたしもいこ…」
この店には従業員用のトイレはない。
麗華の欲求を解放するならお客さん用のトイレに行くしかなかった。
20分後。
麗華は徐々に切羽詰まってくるおしっこを我慢しながら、レジの前にいた。
先程の5人の女の子は無事に全員が間に合ったようで、10分ほど前に退店した。
にもかかわらず、麗華はまだおしっこができていない。
店内の一角を見ると、
個室の前にずらっと並ぶ行列。
友達同士で来ている女子大生、浴衣姿の女子高生、OL風の女性、、、
合わせて7,8人がたったひとつしかない個室に並んでいる。
浴衣の子もいるし、アルコールが入ってすごく我慢している子もいるだろうから、
どんなに早くても15分はかかりそう。
頭の中で素早く計算をしながら、目の前が暗くなるのを必死で堪えている。
この時点で麗華の貯水池は既に90%を超えていた。
しかも、あと10分で花火大会が終わってしまう。
終わったらきっとさらに行列は酷くなるだろう。
今、トイレに並んでおかないと本当に間に合わなくなってしまうかもしれない。
麗華は小さな決心をして、そっと休憩スペースの様子を伺った。
5分後。
麗華はようやくトイレに並べていた。
店長に切羽詰まっている事情を話し、レジを代わってもらったのだ。
もう我慢は限界を超えそうで、
とても制服から着替えている余裕はなかった。
明らかにバイト中なのがわかる格好でこんなに混んでいるトイレに並ぶ。
ほんとは明らかに店員です、という格好でトイレに並びたくない。
でもそれをせざるを得ないような事情が麗華にはあった。
もじもじと足踏みをしてる制服姿の女の子。
格好からしても状況からしても麗華の我慢がギリギリなのは誰の目で見ても明らかだった。
あと9人…。先程からさらに待つ人は増えていた。
麗華は小さく足踏みをしながら必死に迫りくる尿意から耐えていた。
先程の5人の女の子が来た時に、かなり緊迫感がある行列だと思ったが、
今の行列はその比じゃない。
前かがみで耐える人、小さく足踏みをする人、下腹部をさすっている人、、
もう漏らしてしまう寸前なんじゃないかと感じるぐらいの大我慢行列。
そんな中でも麗華は特別だった。
制服の下、寄せ合わされた膝は内股気味、おしりはもじもじと左右に揺すられ落ち着かない。
そっと手のひらは、躊躇いの中、制服の前を押さえ、生地の股の部分に皺を寄せる。
誰が見てもはっきりとオシッコを我慢しているのだと解るだろう。
こうして落ち着きなく、行列を作っている人がほとんどなトイレにも関わらず、
麗華が特段目立っていた。
当の麗華はそんなことには気づかない。
列が一つ進む。
(やっとひとり……)
一歩だけ、たった一歩だけ前に進んだ麗華の肩が大きく上下する。
あと8人…。
そこから10分が過ぎた。
長かった我慢ももうすぐ終わりを迎える。
今、麗華の2つ前の女子大生ぐらいの女の子が個室に入った。
鍵がかかる音と同時に、少しフライングしたような「シュー…」という音が聞こえる。
そんな音を聞きながら、麗華の頭の中では自分がおしっこをすませる様子をはっきりとイメージできるようになってきていた。
(ここのトイレは和式だから…ドア開けて、急いで脱いでしゃがめば…今日は荷物もないし制服も脱ぎやすいし、すぐにできそう…!)
じわり…。
おしっこをするイメージをしてしまったからか、麗華のパステルカラーの下着に一滴の水滴がつく。
慌てて、そっとあそこに手を添える麗華。
もう一刻の猶予もない…!
何をしているのかというぐらい前の子が長く感じる。
もう5分ぐらいは経ったんじゃないだろうか。さっきからずっとペーパーを取る音が聞こえている。
待ちかねて先頭のOL風の女性がノックをしている。
「まだかかりますか!?」
結構気の強そうな女性だ。
「あっ…すみません。もうすぐ出ます!」
慌てたような声に続いてペーパーをたくさん巻き取るような音が聞こえてきた。
ザーっ。
ドアが開くと同時に、真っ赤になった女の子が飛び出していった。
そのままダッシュで店からも出て行く。
OL風の女性が個室に入る。
ガチャ。鍵がかかる音と同時に。
「何これ!?」
悲鳴に近い声。しかし少ししてカチャカチャとベルトを外す音がして、「シュー…ジョボジョボジョボ」
という音が聞こえてきた。
先程までの激しい我慢を考えるとおとなしめの音だなと思いながらも、麗華は必死で我慢を続ける。
20秒、30秒、40秒…
どれだけ待ってもおしっこの音は鳴り止まず、ずっとジョボジョボと小さな音が聞こえ続けている。
激しい放尿音も待たされる方は辛いが、長くずっと水音を聞かされることももしかしたらそれ以上に辛い。
(まだなの…長いよ…もう本当に出ちゃう。)
もはや恥も何もない。必死で前を抑え、あとひとりを耐える。
50秒、55秒…ようやく水音がやんだ。
ガラガラガラガラ。
ペーパーを取る音が聞こえる。
(もうすぐ…もうすぐ…!!)
麗華は足踏みも前抑えも止めることができない。
必死になってギリギリの状態で我慢を重ねている。
カチャカチャカチャ…ベルトをつける音が聞こえる。
(もう…早く!!)
しかしいつまでたっても水を流れる音が聞こえてこない。
(なんで?なんでよ、もう終わってるでしょ!?早く…)
コンコン。我慢できずノックをしてしまう麗華。
「ガチャ」
ようやくドアが開いた。
体ごと突っ込みそうになる麗華。
困ったような表情のOLさん。
そしてその後ろに見えるのが…
便器のふちから流れ落ちてくる黄色く濁った水。
丸められて灰色になったトイレットペーパー。
ゴボゴボと嫌な音を立てる配管。
トイレが詰まってしまったようだ。
「え…」
麗華は唖然とする。
「すみません…」
OLさんが申し訳なさそうな表情でこっちを見ている。
OLさんがトイレに入った時には溢れてはいないもの、既に詰まる寸前だったようだ。
だからおしっこの勢いをギリギリまで抑えて、溢れないように溢れないようにとそっと出していたらしい。
でもいざ終わって紙で拭き取ったあと、どうしようかと困っていたら麗華にノックされたので仕方なくレバーを軽く引いてみて、ドアを開けたということだ。
困ったのは麗華である。
こんなに限界ギリギリまで我慢をしているのに目の前で唯一のおしっこができるところが故障してしまった。
呆然としていると後ろの人から声をかけられる。
「あなた、ここの店員でしょ?なんとかしてもらってよ!」
そうだ。おしっこの我慢が限界になっているのは麗華だけではないのだ。
慌てたように、店長のところに走る。
「店長…あの、トイレが詰まっちゃったみたいで。。」
「なに!?」
店長とともに急いでトイレの前に戻る。
麗華の前に並んでいたOLさんは既にいなくなっており、後ろに並んでいた人たちも
中の惨状を見て諦めて他を探しに行ったようだ。
「あーこれは業者に来てもらわないと直らないなぁ。大方誰かが紙以外のものを流したんだろう。
麗華ちゃん、悪いけどこの辺りモップで拭いておいてくれる?
このまま業者に渡すわけにもいかないよ。」
そういってモップを手渡す店長。
モップを受け取りながら、OLさんの前に並んでいた女子大生の顔がちらりと浮かんだ。
ガラガラと大量に紙をとる音が聞こえた麗華の二人前の女の子だ。
「きっとあの子が大量に紙を流しちゃったんだ…」
絶望的な気持ちになりながらも麗華は悲惨な個室に足を踏み入れた。
個室に入った瞬間、足がガクガクと震えだす。
気がついたら涙も止まらなくなってきた。
もう本当の本当に限界だった。
女子大生はいい。
トイレを詰まらせちゃったとしても、自分はちゃんと間に合ったんだから。
OLさんはいい。
逆流しかけたとしても、少し靴が汚れたとしても、ちゃんと個室でしゃがんで後始末まできちんとできたんだから。
後ろに並んでた人はいい。
我慢する時間は伸びちゃったかもしれないけど、拘束はされてない。
次のトイレまで我慢してまた行列を耐え抜けばおしっこできる。
でもあたしは…
どこにも並べない。ここの掃除が終わったとしてもバイトが終わるまでトイレには行けない。
あと何時間もある。
…そんなの絶対無理だ。
そう思った瞬間、力を抜いてもいないのに麗華のあそこからも黄色い涙が溢れてきた。
「シュー…」
あっ!と思った時にはもう遅かった。
思わずしゃがみこんでしまう。
「ジャーーーーーーー」
おしっこがパンツにあたりくぐもった音が響く。
トイレに入れたのに。
本来ならばおしっこをしてもいい場所なのに。
なぜかパンツの上からしてしまってる。
麗華はあまりの解放感に恍惚な表情を浮かべながら、びしょびしょの床の上で限界を超えたおしっこを解き放っていた。